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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)3879号 判決

原告

岡田勝男

全日本空輸株式会社(合併当時の本店所在地

東京都中央区築地四丁目五番五号)訴訟承継人

被告

全日本空輸株式会社

右代表者代表取締役

安西正道

右訴訟代理人弁護士

田中慎介

外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告の請求の趣旨

(一)  被告の、昭和四八年一二月一八日開催の臨時株主総会における別紙決議目録(一)記載の決議は不存在または無効であることを確認する。

(二)  被告の、昭和四九年七月一七日開催の臨時株主総会における別紙決議目録(二)記載の決議は不存在または無効であることを確認する。

(三)  被告と全日本空輸株式会社(合併当時の本店所在地東京都中央区築地四丁目五番地五号)との間の昭和五〇年五月三一日になされた合併を無効とする。

(四)  訴訟費用に被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

1  本案前の申立

原告の請求の趣旨第(一)項、第(二)項の訴えをいずれも却下する。

2  本案についての申立

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は、もと訴外全日本空輸株式会社の株式二〇五株を有する株主であつたところ、同訴外会社は、昭和五〇年五月三一日、被告会社と合併・消滅したため、原告は、右合併に伴い、被告会社の株主となり、現にその株式二、〇五〇株を有する株主である。

2  被告会社は、昭和四九年七月一七日、商号を日本工機車輛株式会社から現商号に変更し、後記のとおり、前記訴外会社を吸収合併した会社である(以下、被告会社を便宜、右旧商号を付したうえ呼称することがある。)。

3(一)  被告(日本工機車輛株式会社)は、昭和四八年一二月一八日、臨時株主総会を開催し、同総会において、別紙決議目録(一)記載の決議(以下、本件(一)の決議という。)をなしたとして、議事録を作成し、昭和四九年一月三一日、その旨の登記を経由した。

(二)  しかしながら、右決議は不存在または無効である。すなわち、右臨時株主総会の議事録によると、同総会は発行済株式総数の全部を有する株主ミリオン興業株式会社一社が出席し、当時の商業登記簿上の本店所在地・東京都中央区銀座西五丁目三番地において開催されたことになつているが、当時、被告(日本工機車輛株式会社)は、いわゆる一人会社でなく、右本店所在地に事務所はなかつた。また、議事録のうえでは、訴外高島信一が被告(日本工機車輛株式会社)の代表取締役として議長となつて議事の進行をはかり、本件(一)の決議を経たうえ、出席取締役とともに議事録を作成し、それに議長取締役として記名捺印したことになつているが、訴外高島は総会の会日より約四年一〇か月前の昭和四四年二月一九日に死亡している。したがつて、同訴外人は、議長となつて審議をはかることも議事録を作成して記名捺印することもできるはずはなかつた。右議事録は、訴外古市正太郎らが、なんらその事実がないのに、昭和四八年一二月一八日臨時株主総会が開催されたように装い作成した架空のものであつて、同総会でなしたとする本件(一)の決議は不存在または無効である。

4(一)  被告(日本工機車輛株式会社)は、昭和四九年七月一七日、臨時株主総会を開催し、別紙決議目録(二)記載の決議(以下、本件(二)の決議という。)をなしたとして、同月三〇日、その旨の登記を経由した。

(二)  しかしながら、右各決議は、不存在または無効である。すなわち、前記3(二)記載のとおり、本件(一)の決議は存在しないから、古市正太郎らは、適法に取締役に選任されていないにもかかわらず、同総会は、右古市正太郎外二名の取締役により構成された取締役会の決議に基づき代表取締役たりえない古市正太郎によつて招集され、一人株主でないミリオン興業株式会社からその持株全部を取得したと称する訴外全日本空輸株式会社が一人株主として出席し、かつ、古市正太郎が議長となつて、本件(二)の決議をなしたにすぎないから、右決議は、不存在または無効である。

5(一)  被告は、昭和五〇年四月一日を合併期日として訴外全日本空輸株式会社(本店所在地東京都中央区築地四丁目五番地五号、以下単に消滅会社という)を吸収合併し、同年五月三一日合併登記を了した。

(二)  しかしながら、右合併は次の理由により無効である。

(1) (商法二〇二条二項違反)

右合併は、なんら企業合同の実態を備えておらず、単に、消滅会社がその発行株式一株の額面金額を五〇〇円から五〇円に引下げるため、一株の額面金額五〇円の被告会社に吸収合併させる形式をとつたにすぎず、かかる目的のための手段としてなされた合併は、株式の最低額面金額を五〇〇円と規定した商法二〇二条二項の強行法規を潜脱するものにほかならないから、同条項に違反する。

(2) (商法四一六条一項、九八条二項違反)被告が、昭和四九年一〇月一日から遡る一〇年の間になした前記3(一)および4(一)の各登記は、いずれも前記3(二)および4(二)記載の理由により、不存在または無効の株主総会決議に基づく虚偽のものであつて、すべて無効の登記である。したがつて、被告は、昭和四九年法律第二一号による商法改正附則(以下単に商法附則という。)一三条一項に規定する「昭和四九年一〇月一日において、最後の登記をした後一〇年を経過している株式会社」に該当し、昭和四九年一〇月一日に解散したものとみなされるのであつて、右合併は、解散会社が吸収合併の存続会社となることを禁じた商法四一六条一項、九八条二項に違反する。

また、被告は、消滅会社と合併契約を締結した昭和四九年一二月二五日現在において、長期にわたり、なんら営業を行なわず、実質上無資産の会社であつたのであり、解散登記がなされていない点は別にして、その実体は、財産全部を処分して清算を結了した解散会社同然であつて、右法条の趣旨からみると、被告は吸収合併の存続会社となることができないものである。

(3) (公序良俗違反)右合併は、前記目的を達する手段として、資本金二七五億四、〇〇〇万円を擁する消滅会社が登記簿上の資本金は二〇〇万円であるが長期休眼の無資産会社であつた被告の発行済株式四万株のすべてを僅か数十万円で買取り、商号、目的等を定めた定款や役員を消滅会社と同一になるよう変更したうえ、実体のない被告を存続会社としたものであつて、かかる合併は、異常であり、産業経済界の秩序を紊し、公序良俗に違反する。

6  よつて、原告は、被告会社と消滅会社との本件合併が無効であることの宣言を求め、さらに、本件(一)および(二)の各決議が不存在であれば、5(二)(1)にのべたとおり、右合併の無効を来たすから、当該各決議の成否は本訴たる合併無効の訴えの権利関係に対し先決的関係にあるところ、被告はこれを争うので、原告は、さらに、民訴法二三四条に基づき、右各決議の不存在または無効であることの確認を求める。

二、被告の本案前の申立の理由

民訴法二三四条に基づく中間確認の訴えは、本訴の訴訟物に対して論理的先決性を有することが必要であるところ、原告の本件(一)および(二)の決議不存在確認の訴えは、本訴たる合併無効の訴えに対し、論理的先決性がないから却下されるべきである。すなわち、原告は、本件(一)および(二)の決議が不存在または無効であることを前提として、右各決議に基づいてなされた各登記は無効であり、被告は商法附則一三条一項の規定により昭和四九年一〇月一日に解散したものとみなされるのであるから、本件合併は解散会社が存続会社となる合併を禁止した商法四一六条一項、九八条二項に違反して無効である、と主張する。しかし、商法附則一三条一項の「昭和四九年一〇月一日において、最後の登記をした後一〇年を経過している株式会社」であるか否かは、登記の存否自体によつて決せられるのであつて、存在する登記の原因関係の存否についての判断をいれる余地は全くないのである。したがつて、仮に、原告が主張する如く、前記株主総会決議が不存在または無効であつたとしても、前記各登記がなされている以上、商法附則一三条一項は適用されず、被告会社は解散会社とみなされることはないから、本件(一)および(二)の決議が不存在または無効であることの確認を求める原告の中間確認の訴えは、本訴たる合併無効の訴えに対し、論理的に先決性はなく不適法として却下されるべきである。

三、請求原因に対する被告の答弁および主張

1  請求原因第1、第2項は認める。

2  同第3項(一)は認めるが、(二)は否認する。

本件(一)の決議は有効に成立した。すなわち、被告会社の前身日本工機車輛株式会社は、車両および部品の製作、修理等を目的とする会社であつたが、昭和二五年一一月に代表取締役高島信一ら役員がすべて退任して以来、役員の選任は行なわれず休業状態にあり、株主も訴外磯田平太郎昭人が発行済株式総数四万株のすべてを所有し、同会社は、いわゆる一人会社であつた。訴外磯田は、昭和四八年一二月一〇日右持株全部を訴外ミリオン興業株式会社に譲渡した。かくて、被告会社(日本工機車輛株式会社)では役員が全て退任したままになつていたことから昭和四八年一二月一八日、訴外ミリオン興業株式会社が一人株主として役員の選任を目的とする臨時株主総会を開催し、同総会において、取締役として古市正太郎、広木千寿、深澤総一の三名を、監査役として田中信造を選任する旨の決議(本件(一)の決議)をなし、取締役に選任された古市正太郎らは、同日ひきつづき取締役会を開き、古市正太郎を代表取締役に選任し、昭和四九年一月三一日その旨の登記がなされたのである。なお、右株主総会の議事録に議長取締役として高島信一の氏名を記名捺印したのは、当時、被告の役員は既に全員退任してしまつており、その所在も不明であつたので、訴外ミリオン興業株式会社は一人株主として自ら株主総会を開催して前記決議をなしたが、議事録作成にあたり、同訴外会社代表取締役古市正太郎を議長として記載することもできず、やむを得ず被告(日本工機車輛株式会社)の前代表取締役であつた高島信一の名を信用して書類の形式を整えたにすぎない。

3  請求原因第4項(一)は認めるが、(二)は否認する。

本件(二)の決議は、有効に成立した。すなわち、消滅会社が訴外ミリオン興業株式会社から被告会社(日本工機車輛株式会社)の持株全部を取得したことに伴い、本件(一)の決議および同日の取締役会で代表取締役に選任された訴外古市正太郎は臨時株主総会を招集し、昭和四九年七月一七日、同総会において、消滅会社が一人株主として出席し、所定の手続を経て本件(二)の決議がなされたものである。

4  請求原因第5項(一)は認める。

5  同第5項(二)(1)は否認する。

6  同第5項(二)(2)は否認する。

商法附則一三条一項は「昭和四九年一〇月一日において、最後の登記をした後一〇年を経過している株式会社は、その日に解散したものとみなす」と規定しているが、同条項は、一〇年間の登記の不存在という外形的事実に解散という法律効果を与え、かつ登記官に職権で解散の登記をなしうる権限を与えている(商法附則一三条三項、商業登記法九一条の二)のであつて、そこでは、登記それ自体の存否が問題とされるだけで、存在した登記の原因関係の存否、あるいは有効性についての判断をいれる余地はなく、このことは、登記官が登記事項について実質的審査権を有せず形式的審査権しか有しないとされているところからみても明らかである。

ところで、被告は昭和四九年一月三一日に役員の変更登記を、同年七月三〇日に商号、目的、公告方法および役員の各変更登記をなしていることは、請求原因一3(一)、4(一)記載のとおりであるから、解散会社とみなされない。

また、被告は、定款を整備して役員を選出し、新規事業を行なう体勢を整備中であつたものであつて、解散会社ではない。

したがつて、被告会社は存続会社になりえないとする原告の主張は失当である。

7  請求原因第5項(二)(3)のうち、被告の資本金が合併前には二〇〇万円であつたこと、被告が休業中で無資産状態であつたこと、消滅会社が合併前に被告(日本工機車輛株式会社)の発行済株式の全部を買取つて所有していたこと、昭和四九年七月一七日開催の株主総会において、被告の商号、目的等を定めた定款や役員を資本金二七五億四、〇〇〇万円の消滅会社と同一に変更したことは認めるが、その余は否認する。

四、被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張第2項、第3項は、いずれも否認する。

第三  証拠〈略〉

理由

一請求原因第1、第2項の事実は、当事者間に争いがない。

二株主総会決議不存在、無効確認の訴えについて

1  本案前の抗弁について

(一)  被告は、本件(一)および(二)の各決議不存在確認の訴えは、本訴たる合併無効の訴えに対して論理的先決性を欠き許されないと主張するので、まずこの点につき検討する。商法附則一三条一項は、「昭和四九年一〇月一日において、最後の登記をした後一〇年を経過している株式会社」、いいかえれば、最後の登記が昭和三九年九月三〇日以前になされ、以後、登記がなされていない株式会社について、解散したものとみなす旨規定しているが、同条は、商法四〇六条ノ三と相まつて一定期間にわたつて登記がなされていない外形事実をとらえていわゆる長期休眠会社の整理をはかろうとする趣旨に出たもので、右登記が真実に合致しているか否かを問わないことその立法趣旨に徴し明らかである。したがつてその間、役員選任登記等会社が営業を行なつていることを示す登記が存在すれば、登記の原因関係の存否あるいは効力の有無を問わず、その登記の存在自体により、同条の適用はみないものと解するのが相当である。

しかるところ、被告会社が昭和四九年一月三一日および同年七月三〇日役員選任等の登記をなしたことは、当事者間に争いがないから、右各登記が存在する以上は、被告会社は、商法附則一三条一項に規定する株式会社に該当せず、解散したものとみなされることはない。

そうすると、本件(一)および(二)の各決議の存否により商法附則一三条一項の適用に差異が生ずることを前提とし、右各決議の不存在確認を求める原告の本件中間確認の訴えは、本訴たる合併無効の訴えに対し論理的先決性があるものとは認められないといわなければならない。

(二)  しかしながら、本件株主総会決議の不存在、無効確認の訴は独立の訴と解する余地があり、これが当事者の意思に反する事情も見出しえないので、右訴を中間確認の訴としての要件を欠くとして却下することなく、右訴にかかる本件株主総会決議の不存在、無効確認請求について判断することとする。

2  本件(一)の株主総会決議不存在、無効確認請求について

(一)  請求原因3(一)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、被告会社の前身日本工機車輛株式会社は、各種車両および部品の製作、修理を目的とし、発行済株式総数四万株の株式会社で、その株主は訴外磯田平太郎ただ一人であつたこと、訴外磯田は、昭和四八年一二月一〇日、訴外ミリオン興業株式会社(代表取締役古市正太郎)に右持株四万株全部を譲渡し、同訴外会社が被告のただ一人の株主となつたこと、ミリオン興業株式会社は、被告の一人株主として、昭和四八年一二月一八日、東京都中央区日本橋兜町所在の勧証興業株式会社社長室において、役員の選任を目的とする被告の臨時株主総会を開催し、古市正太郎、広木千寿、深澤総一を取締役に、田中信造を監査役にそれぞれ選任する旨の決議(本件(一)の決議)をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  右認定事実によれば、いわゆる一人会社の場合には、その一人の株主が出席すれば株主総会は適法に成立するものと考えられるから、本件(一)の総会決議は適法に成立したものというべきである。

もつとも、〈証拠〉によると、右株主総会の議事録には、総会は被告(日本工機車輛株式会社)の本店・東京都中央区銀座西五丁目三番地において開催され、代表取締役高島信一が議長として議事の進行をはかり前記決議がなされた旨記載され、右高島が議長取締役として記名捺印したことになつているが、当時、本店所在地に事務所はなく、高島信一は右総会の会日より約四年一〇か月前の昭和四四年二月一九日に既に死亡していたこと、右株主総会当時、被告(日本工機車輛株式会社)の取締役は、死亡あるいは所在不明で、同総会には誰れも出席していなかつたことが認められるが、議事録の作成および取締役の出席は、いずれも株主総会の成立要件ではなく、議事録に不実の記載があり、かつ、取締役が総会に全員欠席したとしてもこれらの事実は当然に株主総会決議不存在または無効の理由とならないと解するのが相当である。

よつて、右総会決議が不存在または無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。

3  本件(二)の株主総会決議不存在、無効確認請求について

(一)  請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると、

(1) 昭和四八年一二月一八日、前記株主総会にひきつづき、被告(日本工機車輛株式会社)の取締役会が開かれ、取締役古市正太郎が代表取締役に選任されたこと、

(2) 消滅会社は、昭和四九年七月一七日、前記ミリオン興業株式会社から被告会社(日本工機車輛株式会社)の全株式四万株を譲り受け、被告(日本工機車輛株式会社)の一人株主となつたこと、

(3) 被告は、昭和四九年七月一七日、一人株主たる消滅会社出席のもとに臨時株主総会を開催し、代表取締役古市正太郎が議長となつて議事の進行をはかり本件(二)の決議がなされたこと、

が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件(二)の決議は適法になされたものと認められるから、右決議が不存在または無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。

三合併無効の訴えについて

1  被告が、昭和五〇年四月一日を合併期日として、消滅会社を吸収合併し、同年五月三一日合併登記をなしたことは当事者間に争いがない。しかるところ、原告は右合併は無効であると主張するので、以下その効力の有無について検討する。

2  商法二〇二条二項違反の主張について

(一)  〈証拠〉によると、

(1) 被告(日本工機車輛株式会社)は大正九年二月九日に設立され、合併当時、発行済株式総数四万株、額面株式一株の金額五〇円、資本金二〇〇万円の株式会社であり、消滅会社は昭和二七年一二月二七日に設立され、合併当時、発行済株式総数五、五〇八万株、額面株式一株の金額五〇〇円、資本金二七五億四、〇〇〇万円の株式会社であつたこと(右両会社の資本金については、当事者間に争いがない。)、

(2) 消滅会社は、昭和三六年一〇月以来、東京・大阪両証券取引所の上場会社となつていたが、かねて、一株の額面金額が五〇〇円であつたため、これが株式流通上障害になるものとし、額面金額五〇円の株式を発行している株式会社と合併することによつて、その券面額を五〇円に引下げることを企図し、訴外日本勧業角丸証券株式会社にその意向を伝えたこと、

(3) そこで、同訴外会社は、磯田平太郎が当時休業状態にあつた被告(日本工機車輛株式会社)の発行済株式総数四万株全部を保有していたことに着目し、まず、ミリオン興業株式会社が昭和四八年一二月一〇日、磯田平太郎から右全株式を代金五〇万円で譲受けることをあつせんし、ついで、昭和四九年七月一七日、消滅会社が、ミリオン興業株式会社から右株式全部を代金八〇万円で譲受けることをあつせんし、以後、消滅会社は、被告(日本工機車輛株式会社)の一人株主として、本件(一)および(二)の各決議を経て、その準備をなしたうえ、本件合併を行なつたこと

が認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、本件合併の目的は、もつぱら合併という手続をとることにより消滅会社の株式の額面金額を五〇〇円から五〇円に引下げることにあつたことが明らかである。

(二)  ところで、原告は、かかる合併を容認すれば、商法二〇二条二項が額面株式の券面額の最低限を五〇〇円と法定しているにかかわらず、右強行法規に違反する結果を招来することになり、本件合併は脱法行為にほかならないから、無効である旨主張する。なるほど、商法二〇二条二項は、「額面株式の額面金額は五〇〇円を下ることを得ず」と定め、額面株式の額面金額の最低限度額を規定し、右条項は、無産者の投機を防止する考慮から昭和二五年法律第一六七号により、従来額面株式の額面金額の最低限が二〇円とされていたのを改正したものである。しかし、同改正法附則四項、商法の一部を改正する法律施行法一〇条一項によると、同改正法施行(昭和二六年七月一日)前に成立した株式会社については、同法施行後もなお、従前の規定に従い、額面金額五〇円の株式を発行し得ることになつている。したがつて、商法自体現行二〇二条二項の規定にもかかわらず額面金額五〇円の株式の存在を認めている以上、無産者の投機防止の配慮は徹底しておらず、同条項が広くこれを回避する手段をも禁ずる趣旨と断ずることは困難であつて、他に額面金額の最低限の異なる株式を発行している株式会社間の合併に制約を加えている規定は見出せないから、たとい、本件合併の目的が、合併という手続をとることにより、消滅会社の株式の額面金額を五〇〇円から五〇円に引下げることにあつたからといつて、右合併をもつて、直ちに商法二〇二条二項を潜脱する脱法行為として無効であるとはいえない。よつて、原告の右主張は理由がない。

3  商法四一六条一項、九八条二項違反の主張について

(一)  つぎに、原告は、本件合併は解散会社を存続会社としたものであるから、無効である旨主張する。

(二)  しかしながら、被告が合併前本件(一)、(二)の各決議を経て昭和四九年一月三一日および同年七月三〇日、それぞれその旨の各登記をなしたことは、叙上認定のとおりであるところ、このような場合、合併前の被告が商法附則一三条一項により解散したものとみなされるものでないことは、前記二1(一)記載のとおりである。また、〈証拠〉によると、被告は、本件合併時においては資本金二〇〇万円にみあう二〇〇万円の繰越欠損があるのみで何らの営業活動をなしておらず、昭和二五年一一月一一日を最後に代表取締役高島信一ら役員全員が任期満了により退任して以来、役員の選任もなされていない状態にあつたことが認められるが、法律に従い解散手続がとられない限り、合併前の被告が法的には解散後の会社に該当しないことは明らかで、その経済的実体が失われていることのみをもつて、合併の存続会社となる適格性を欠くということはできない。そうすると、原告の右主張はいずれも、失当といわなければならない。

4  公序良俗違反の主張について

(一)  本件合併は、額面金額五〇〇円の株式を発行していた資本金二七五億四、〇〇〇万円の消滅会社が、その株式の額面金額を五〇円に引き下げ、株式市場における流通性を高める目的のもとに、右目的を達する手段として営業活動を行なつていなかつた無資産のいわゆる休眠会社であつた被告(日本工機車輛株式会社)の発行済株式総数四万株の株式全部を八〇万円で取得し、一人株主として被告を支配し、昭和四九年七月一七日開催の臨時株主総会において定款および役員を消滅会社のそれと同一に変更したうえ、被告が存続会社となる合併契約を締結して本件合併をなしたことは前記認定のとおりである。

(二)  原告は、右のような手続・経過を経てなされた本件合併は、公序良俗に反し無効である旨主張するが、以上の事実から、直ちに、右合併を認めることが産業経済界の秩序を紊すといえないし、額面金額を五〇〇円から五〇円に引き下げることにより株式市場における流通性を確保しようとすること自体も、何ら産業経済界の秩序を紊すものではないから、本件合併が公序良俗に反し無効であるとはいえず、原告の右主張は採用することができない。

四結論

よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柳川俊一 長野益三 川島貴志郎)

決議目録(一)、(二)〈省略〉

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